2006年01月29日

憲法改正私案、国民投票(1)概要

国民投票を論じるときに、一般国民と国会議員との関係は非常に難しい。目本の現状及び国民意識も加味して、本私案では国民に直接的な参政を開放することとした。

1:憲法改正
言うまでも無く、憲法改正は国民投票の対象だ。一部の国会議員が、国会議員だけで憲法改正しようとするような動きがあるがこれには反対だ。

2:天皇に関する事柄
天皇というのは、我が国の国体であり、言うまでも無く天皇に関する事柄は憲法にも勝るとも劣らぬ重要度がある。憲法とは目本であり、天皇もまた目本そのものであろう。
天皇とは、目本国の象徴であり、目本国民統合の象徴である。その地位の確固たる事は、戦前は言うまでもなく、戦後は象徴天皇制という形で浸透しこれはゆるぎないものである。
天皇というのは、目本を語るときにハズセナイのは国民誰もが認識していることである。そして、というか、しかし、というか、天皇の地位というのは、国民の厚い信任に依拠している。たとえ二千年からの歴史があるといっても、現在の天皇制を考える時に国民の視点というのは欠かせないのである。
遠い将来、国民が天皇から離れていかないためにも、天皇と国民は一であるという認識を絶やさぬためにも、天皇に関する事柄を国民自らが、思考し定めるというのは当然であると私は考える。
具体的に国民投票にかける事項は次の三つである。
・皇位継承順位
・皇位継承者の範囲
・皇室の範囲
憲法改正後、これら三つを変更する場合は要国民投票。
国会の各議員のホニャララの賛成によって国民に発議される改正案(変更案)を有権者(成人)の有効投票総数の過半数の賛成によってのみ、この三点は変更されるのだ。
細かい文言や条文は、また今度考えるので、そのときに添削をお願いしたいが、特にホニャララは過半数か3/5か特別多数か、迷っている。なお特別の国民投票をもって国民投票とする。

3:衆議院及び参議院の選出方法
これはぜひとも入れたい項目であると考えていた。国会議員という職務を考えたときに国民が何らかの形で、直接的に選挙制度を決定できるような方策はほしいと考えるのだ。説明はまた割愛する。異論はあるだろうが、ぜひコメントにでも入れてほしい。できるならば、説明したい。
投票対象の範囲だが、実際にシミュレートして説明したい。条文にするときの文言が思い浮かばないからだ。
衆議院小選挙区の区割り変更→投票対象外(そもそもこれは法律で規定する範囲内に限り独立機関が自動的に一票の格差を考慮し区割り変更し国会議員が直接関与しない制度がいい。)
衆議院の比例区の区割り変更→投票対象
小選挙制を中選挙区制にする→投票対象
参議院比例区の非拘束名簿方式を拘束名簿式にする→投票対象
衆議院比例区の定数変更→投票対象外
ああ…こう挙げていくとかなり難しいものがあるのだが、「選挙制度が変わった」と国民が思うであろう事項は、とにかく国民投票にかけられるのだ。
なお、選挙制度の変更については、衆議院総選挙のときに、国民は投票し、有効投票数の過半数を得れば次回通常選挙(あるかな?)、次回総選挙に「選挙制度が変わった」ことを実感してもらう。
なお、次回通常選挙(あるかな?)について。両院制維持の上それぞれの選挙制度については、本憲法私案では衆議院は直接選挙を規定し、参議院議員の選出方法については国民投票以外、任期も含め特に規定しない方がいいのかなと個人的には思っているので、そういうことになる。参議院選挙制度についての私案はあるのだが(もっと煮詰めます)、現在の制度とは大幅な変更を伴うので参議院の選出方法については曖昧にするということなのだが(マズイ?)、次々回の憲法改正で規定できればよい。もちろん新憲法施行時には、現在の参議院のスキームが維持される。
あーーただやっぱりこれではマズイので、ちゃんと参議院の選出方法詰めて憲法に書くことにします(どっちやねん!)。ただそれも、規定が詳細になるので、一長一短なのだ。悩みどころだ。
posted by 総理大人 at 15:58| Comment(1) | TrackBack(2) | 憲法改正私案作成日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月28日

「猫研究員の社会観察記:防衛庁と施設庁の統合検討―額賀防衛長官が表明」を拝見して。

私の巡回ブログはとても少なくて、このカテゴリは社会観察記専用みたいな感じになってて、外交・安全保障の専門家に意見するという恥ずかしいカテゴリになってますが、今回は「防衛庁と施設庁の統合検討―額賀防衛長官が表明」を拝見した感想です。

施設(国内地理的な防衛戦略)と防衛って不可分なはずなのに、なんで分かれているんでしょうか。防衛庁長官がしっかりすりあわせてくれてるんでしょうか。これ素人の謎です。。

さて、
やっぱり、「文民統制」って言葉がセンスないというか、いつもこの議論の出発点でおかしくなるのは、「文民」なんですよね。
そもそも「文民」の概念が非常に怪しい。
それとは別に勘違いしやすい語でもあります。「武官⇔文官」と思います。こっからがおかしくなって、「武官⇔文民=文官」となるんですよね。「文民⊃文官」だろうから、これってかなり自然な勘違いだと思うんです。文民統制の誤解の元は、「文民」という言葉だと感じます。国民の間で官僚がしっかり関わってないと怖いってなるのも無理ないでしょう。
たとえば、民主党なんかが採用している「民主的統制」だったらば、国民により選挙で選ばれた国会議員、その国会議員が選ぶ内閣総理大臣、総理大臣が選ぶ防衛庁長官ってすんなり頭に入る。あるいは、「政治的統制」でもかまわないと思うんです。
「民主的政治統制」でもかまわないと思うし、これは今考えた私の思いつきなんですが、かなりいい線いってると自画自賛です♪シビリアンコントロールをうまく訳せたんじゃないか…
例文:軍部の暴走の可能性を民主的政治統制によっておさえる。

ちなみに、私は防衛参事官に、今度新設の統幕長および統幕副長を入れる案を考えます。安全保障会議にも、統幕長の出席を「義務付ける」べきだと思います。
ただ、この話は政策決定過程を知らない私が踏み込んでも何も良案が出せるわけでもなく、素人のたわごとに過ぎないのを十二分にわきまえて、時間さえあれば参事官制度の功罪をちゃんと調べて私案を出したいという気持ちがあるんですが、そんなことやってる暇がないという悲しい事態です。というか憲法私案を出そうとすることが、たわごとなんですが。。3月からの枠組みによって何がどう変わるのかもわかってません。この枠組みが、何年か前海幕長が示した、案なんですかね。
いずれにしても本稿は「文民統制」という言葉はダメってことが言いたかったんです。はい。


posted by 総理大人 at 09:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 【特設】私の視点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月27日

民主党前原代表の代表質問

たとえば98年の建築基準法改正には、民主党も賛成した。それについても謝罪も反省も改善策も民主党から出てこない。行政・自民党への批判だけ。また、耐震偽装が小泉の進める改革とリンクしていたかというと、そんなに因果関係はないだろう。
候補者選定については、むしろ民主党には分はない。しかし自民党を追及するのは当然で、さらにはその中で民主党自らの問題も改善「具体」策をキチっと示さないと、「覚せい剤議員のお前とこに言われたない」と、そりゃあなるだろう。

ホリエモン事件では、株式無条件分割商法改正の際、民主党は賛成したのか反対したのか知らないけれども、自民ではすでに再規制みたいなことを言っている。それがいいことかわからないけれど、ホリエモン批判だけで、ルールの方の話は民主党から聞こえてこない。聞こえてこないだけであるのかもしれない。
経済活動では、モラルとか実態の無いもの、つまり十人十色の感性に頼ろうとするのは危険で、萎縮効果も招きいいことなんてない。モラルはルールではない。グレーとは脱法的とは、つまりシロなんだから、グレーをクロにしようとするなら、それはモラルとか法の趣旨に頼るなんてのではなく、ルール(法・政令等々明文化された規定)を改正することを提起しないと、こと経済活動においてモラルに頼るのは大反対だ。むしろ、「法に触れなければ」「何をやってもいい」ということが大事だと個人的には思う。国際的に経済が動く中で、「日本的モラル」に頼るのは国際競争力を阻害する。また外国資本にいいように食われる証券市場になるだろう。
私は堀江貴文がグレーや脱法的なことをしたというのは評価できると思う。一線越えて、クロに行ったことがダメなわけで何もかも批判するというようなマスコミはいつもながら大嫌いだ。ほんと大嫌いだ。たまらなく嫌いなんだ。手の平を返しすぎなんだ。キライだ。もういい??

また、前原さんの言うことにはすべて「お金」が必要で、財源・さらには財政再建という至上命題に対して、民主党がどんな対応をするのかというのはまったくわからなかった。

あと、代表質問自体いらないというか、あんな中身の無いしょうもない質問形式ではなく、「前原の施政方針演説」を聞きたいと言う国民は多いだろう。二大政党という国民意識の中に、今かろうじて民主という名前があるんだから。
今回挙げられた問題のかなりの部分は、批判のみに終始し、対案はなかった。
国会の規則は知らぬが、前原の演説の最後に「小泉さん私の演説どうでしたか?」を以って質問とするわけにはいかんのだろうか。批判ではなく、民主党はどう思うのかを聞きたい。批判や質問は、討論形式の委員会でやればいい。ついでに批判でさえも、民主党の考え方を絡めた対案形式のことを指す、というようになっている国民意識があると思う。それが対案形式を掲げたツケであり、何より期待であろう。

前原の言うようにA級戦犯が戦争責任者と完全に合致しないとすれば、これらの人々が祀られているから参拝に反対と言う理由もわからん。
そうであるならば、戦後いつくかの内閣が挑戦しようとし失敗した、戦争責任の包括的責任を内閣あるいは国会を中心に問う機会を持つべきだと前原さんは言うべきだと感じた。
その検証をモトに国立で特定の宗教によらない施設に誰を祀るのかということを含めて、提案すべき。問題があると自ら言ったA級戦犯を基準に何か言うのはなんかズレてる。
そもそも国論が二分しているのに、国内的問題として参拝を中止すべしというのは難しい。
ということは中韓が反発しているから反対と言う理由だ、国益と言う概念もここに含まれているだろう。「外国に言われるからではない」と、これを退けるならば、政教分離に違反するという論点のみでしか批判できない。
A級戦犯云々の前原の論理は片手落ちで説得力は無い。政教分離違反を前面に押し出さない前原さんの参拝批判は、彼の内心を小泉に押し付けるものだといつも思う。
A級戦犯云々よりは、共産党の「首相が参拝するということは、国家が靖国史観にお墨付きを与えるということだ。」という主張の方がまだ理解できる。
もっとも私は総理大臣でもなんであろうと内心の自由は憲法によって保障されている、総理にも公私の別はある、と考えるので総理の参拝には賛成でも反対でもない。従って、政教分離規定と内心の自由を保障する規定を守るために、記帳時に「内閣総理大臣」などと書くことは慎むべきだと考えるし、ましてや総裁選時に参拝を公約にするなどということは言語道断だ。しかし、そういうことを考慮しても小泉純一郎の靖国参拝を批判することは他人にはできないと思う。
靖国参拝や特定の宗派に依らない国立追悼施設については、「いつか」また書いてみようと思う。

私は支持政党は無い。だからこそ、政権交代という一点のみ(政官業の癒着等々を一掃するためにも)で民主党を支持したいと思っている。そんな国民は多いだろう。ぜひ民主党にはその大きな国民の期待にこたえてもらいたい。

最近、間もたせ投稿が多い私です。。内容がないよう。。
posted by 総理大人 at 00:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 最近の諸問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

今日の参考人招致

民主党下條みつはひどかった。そう思った国民も多いだろう。
国民意識を察知できない時点で、議員として失格だ。参考人は犯人ではない。

今日やってくれたのは、自民党葉梨康弘だ。
さすが、警察出身らしい、かといって検察官気取りではなく、立法府らしい質疑であったろう。スーツが似合うんだ。
かねてから、世耕弘成参議院議員と並んで私の注目する人物だ。
質問意図が良く見えて、建築行政の制度的欠陥を指摘し、必要な立法措置を模索する上で、有意義な質問であった。民主党の馬渕“若頭”澄夫議員とは違う形でよい。

柴山議員の質問もなかなかわかりやすかった。葉梨議員と同じで衆議院憲法調査特別委でもおなじみだ。
牧山(牧原?)は、緊張しすぎか空回っていた。確か昨日の読売新聞政治面で特集されていた人だ。
もう一人名前は忘れたが、女性議員もいた。彼女は質問意図が全くわからなかった。それ聞いてどうすんだい?

今日は、葉梨・柴山・馬渕これ以外は質問意図が全然わからなくて、何のための質問だったのか。何か自己満足だ。

これからの国会質疑の方向は、二つに絞られるだろう。というか絞れ。
一つは、葉梨路線。これは立法府としての、重大な役割だ。
もう一つは、一昨日の馬渕路線。政治家がらみの問題だ。
あとは、捜査当局に任せるべき問題だろう。

後者について。
お金を集められる政治家は、それは本来評価されていいだろうと思う。政治献金もらう政治家は悪いなどと言う闇雲な風潮があるのではないかと思う。では、国民はその代わりに政党交付金増、つまり増税を受け入れられるのか。この風潮がある限り、議員が参考人招致や証人喚問に出るというのは難しいだろう。伊藤公介は献金されていたから悪いわけではない。彼の行った記者会見どおりならなんら恥ずべきことをしたわけではないだろう。
私は伊藤公介は無実だと言いたいわけでは無く(というか顔からして悪そうだが笑)、建設会社から献金をもらっているのことが即ち悪だ、などという風潮がいけないと言っている。
伊藤公介はシロならば国会の場で堂々と発言すべきだと思う。テレビのコメンテーターもそう言う。しかし、参考人として呼ばれた時点で政治生命がたたれるようなそんな風潮がある限り、なかなか出て来れないだろうというのは当然であり、そこをテレビのコメンテーターはわきまえているのか疑問だ。そして国民もおかしい。

だから、企業団体献金は廃止して、政党交付金を中心とした制度にしようと言うのだ。

http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.cfm

そして、自民党松本議員の辞職のニュースは小さいな。安倍議員秘書の問題が出されてしまってトントンかな。安倍秘書の話が風評被害ならばいいのだが、さてさて真相はわからない。
posted by 総理大人 at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近の諸問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「猫研究員の社会観察記:ODA改革続報―企画立案・実施ともに内閣府・首相直轄案」を拝見して。

「猫研究員の社会観察記:ODA改革続報―企画立案・実施ともに内閣府・首相直轄案」

たとえ憲法改正するにしても、ODAこれが目本にとって一番の外交ツールだろうと思います。発言権を得る上でも。
アメリカのように全面的に軍事力を背景として押し出す政策は、これま目本が培ってきた外交に似つかわしくなく、また国民としても納得しがたい方法だろうと思います。私個人としても、確かに憲法改正によって軍事力を背景とした政策もできない事はないと思いますが、目本国としてはそのような方法はできるだけ排除したいと思っています。

対外経済政策は、目本の一番の外交手段であることは未来永劫としたいところでもあり、それは外交の基本政策でもあろうと思います。またその基本政策は首相が変わるたびに変わってしまってはいけないものだとも思います。これなくなると、外務省の外交政策のカードがなくなるのではないかと思います(それがいいということかもしれないですが)。
従って私は、企画立案部門は、外務省下に「対外援助庁」を設置すべきだと思っています。企画立案部分と実施部分を分ける理由が基本的に良くわかってない私なので、素人的には効率と言う部分においても実施部門も、「対外援助庁」に統合すべきだと思います。
そして、内閣府には有識者でも何でもいいですが(ちゃんとした専門家)、総理大臣の任命する人員(委員?)による、対外援助庁の監視部門を置いて、無駄なものがないかをチェックする。こういう仕組みが良いのではないかと思っています。国会でも審議できるようにできるだけ詳細に情報公開してほしいです。企画立案実施部門と監査部門を別の幹にぶら下げる。これがいいのではないかと。。外交の専門家に、意見するなどと言うのは恐れ多いのですし、釈迦に説法だとも思います。外務省はこれまで失敗してきたから、内閣府にというのもよくわかります。でもやっぱりODAは目本の普遍的最大の外交手段であるゆえ、継続的な戦略を求めたいです。
最低限の援助要件は「自由と民主主義の発展を約束する国に援助します」みたいな感じです。でもなんかいつも思うのですが自由と民主主義(多数決)って矛盾するような…
だから要は「民主化促進のための援助」「新目国作り」の二つですか。中身を語れない私が、器を考えると言うのも変な話ですが。。

企画立案部門を内閣府に設置するのであれば、それは外務省不要論とつながり、それは省庁再編につながることだろうと思います。外交通商省とかそんな再再編の話もあるみたいですが。
省庁の重複分野はあるでしょうが、それをまとめていくと総務省みたいなわけわかんない巨大省庁の出現にもなりそうですし、なかなか具体案というのは浮びません。
外交分野だけでも、外務省・環境省・農林省・経産省の対外部門重複とかあって、どんな省庁整理ができるのか。。
師匠に試案おありだったら、いつか社会観察記でと…ひそかに期待しています。

中身の議論は見えてこないですが、安倍さんの下になんか会議があるそうですね。そこが案を出してくるまで、私としてもコメントできる知識はないです。
posted by 総理大人 at 17:59| Comment(8) | TrackBack(1) | 【特設】私の視点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

タイミング

自民党候補的だった堀江貴文。でも自民党はこのことで責任は問われない。「的」だから。

数年前の事をなぜ昨日の夜なんだろう。

昨日の夜のニュース、今日の朝のニュース、今日の夜のニュース。
予定稿とは違う内容が報道される。
耐震強度偽装のニュースがトップニュースだったはず。

今日は小嶋さんの証人喚問の日。

タイミングいい。

裏の世界の力が働いたのか、働いてないのか。私は知る術はない。

憲法私案とか、犯罪被害者の報道被害を守る骨太の方針とか、教育関係とか、いろいろと書きたいもの・アイデアはあるのですが、時間と根気がなくて、猫研究員師匠のとこにもコメントする暇も無くて、そなあさんが死んだんじゃないかとか心配してくださったり、地味に地道にブロガーするつもりですので。
そなあさんは訪問してくださってるようで、猫研究員さんのブログのお気に入り欄にも拙の稚拙ブログがあって恐縮してびっくりしましたが、また記事書きますので、本年もよろしくお願いします。
posted by 総理大人 at 08:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 最近の諸問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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