2006年04月23日

じゃんけんポンっ、さいとうけんっ

補選は補選でしかないので、あんまり興味がなかったのだが、たしか私どっかの記事で「自民党が勝つに決まってる」って言った。笑
世論の標準木を自認する(笑)私としては、かなりモチーベーションが下がる結果となった。もう名乗らないでおこう。

でも民主党のお言葉丸出しだが、政権交代こそが真の構造改革であることは間違いないと思っているので、内政は間違いなく民主党政権の方がスッキリすると感じまくっている。だから、まあ私としてもOKなのだが、所詮補選なので、なにか言ったって仕方ないだろう。
新聞で色んな裏話とか情勢分析とかあると思うけれど、一つ記事を紹介してこの話は終わろう。とにかく私はモチベーションが下がった。

http://officematsunaga.livedoor.biz/archives/50225239.html
posted by 総理大人 at 23:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 最近の諸問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月21日

「ジェネリックありますか?」

今日初めて言ってみた。そしてこういう紙を渡された。
IMG_0001.jpg
つまりジェネリック(後発医薬品)の「同じ成分で同じ効き目」という謳い文句は試験管の中での話だ、ということなのである。
もちろん、ジェネリックが普及しない事の一因として、医師薬剤師の不勉強・面倒くさい・調剤料?処方料?の減収?・先発医薬品会社とのお付き合い、などもあるだろうが、ジェネリックに対しての安全性や信頼性が確立されてない事も原因の一つであろう。
現在の目本の体制では、ジェネリックは巷で人体実験?している状態で、なかなか医師がジェネリックに踏み出せないということも少し納得できる。
実際、薬剤師さんによるとジェネリックでは「先発品ではちゃんと効果出てたのに、肌が荒れたりできものが出来たり患者さんからクレームがつくこともある」だそうだ。
とはいえ、その信頼性を確立するためには、医師にジェネリックを使いまくってもらわなければならないというのが目本の体制だ(そうだ)。
その薬剤師さんの話によると海外でジェネリックが普及している要因として「海外では、ちゃんと発売する薬の型で実験している」なのだそうだ。
したがって「海外の後発医薬品会社が目本に進出すると、目本の企業はたちまち潰れるところも多いだろうねって話してんるんです」なのだそうだ。

つまり目本は「ジェネリック推進体制」が全然確立されていないわけだ(そうだ)。
薬には例えば塗り薬の例をとると、有効成分のほかに、軟膏なども混ぜた状態で製品となっているわけで、その軟膏や生成過程が違うと、ジェネリックと言えども先発薬と違うものになるってことだ。
その完成型で、信頼性に足る審査・検査が目本では行われていないということなのだ(そうだ)。
ジェネリックの最大の売りは、先発薬と比較した場合の薬価であることには間違いないわけで、この検査体制を海外並みに確立するとジェネリックの薬価は上がるかもしれない。目本では、先発品の半値から2/3くらいの値段がジェネリックでるが、海外ではもう少し薬価が先発品とジェネリックで近似しているかもしれない。
とはいえ、薬の本分は値段ではなく、効果・安全性であるので、目本でもジェネリックを普及させ医療費を抑えるためにも「ジェネリック推進体制」を確立せねばならない。
その具体案は私がわかるわけもないので、もちろん割愛だ。

今まで私は、
・特許切れ(期間延長)の先発薬をジェネリック並みの薬価に引き下げる
・それで医療費を抑えた分を新薬の審査のスピード化のためにいくらか使う
ということを考えてきた。
前者は、薬価を抑制しジェネリックを普及させるためであるが、先発医薬品会社の努力に報いるためにも事実上の先発医薬品会社寡占市場とするため、
後者は、前者によって被る製薬会社の減収をまかなうために、医療の向上のために新薬開発の負担を軽減するためである。後発医薬品会社は…つぶれてしまってもしょうがないかな…である。
しかし、実際には違う施策が必要だったということである。

今までは、病院で渡されるのは、合計金額を書いたレシートくらいだったが、インフォームド・コンセント(医師が患者に説明責任を果たす)ブームもあって、項目ごとに医療点数が書かれた領収証に変わってきた病院も多い(法で決められたんだっけ?)。医療業界も変わりつつある中で、政府も、もちっと頑張らないといけない。

それにしても「ジェネリックは同じ成分で同じ効き目」ってコマーシャル、公正取引委員会かなんかに過大誇大広告で訴えられないんだろうか…
posted by 総理大人 at 22:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 最近の諸問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

公立塾!!なんか違う…

とりあえず、読売から記事を引用するので読んでもらいたい。今日の紙の一面の方が詳しいから持ってたらそっちも。


塾に通えぬ小中学生に“公立塾”

 経済的理由などで塾に通えない子どもを支援するため、文部科学省は来年度から、退職した教員OBによる学習指導を全国でスタートさせる方針を固めた。

 通塾する子どもとの学力格差を解消するのが狙いで、放課後や土・日曜に国語や算数・数学などの補習授業を行う。

 来年以降、団塊世代の教員が相次ぎ定年を迎えることから、文科省では「経験豊富なベテラン教師たちに今一度、力を発揮してもらいたい」と話している。

 教員OBによる学習指導は、希望する小・中学生を対象に、放課後や土・日のほか、夏休みなどの長期休暇を利用し、小・中学校の教室や公民館、児童館などで行う。受講は無料とし、テキスト代などは参加者に負担してもらう方向で検討する。

 教員OBの確保は、講師希望者を事前登録する「人材バンク」のような制度の整備を目指しており、計画が固まり次第、各都道府県教委などに協力を呼びかける。講師への謝礼などについては、今後さらに協議する予定だ。

 文科省は、長崎市で2003年7月に起きた少年による男児誘拐殺人事件などを受け、地域住民と子どもたちが一緒に遊びやスポーツを楽しむ「地域子ども教室」を推進している。教員OBによる学習指導は、この事業を拡大する予定で、各都道府県を通じ、市区町村に運営費用を支援する。
(読売新聞) - 4月16日3時7分更新


私の第一印象としては「なんか違う…」なのである。
もうちょっと理論とか資料で補強する必要があると思うがきっと私にはできないので、忘れないうちに一応書いてみたい。まとまってないので行間を読んでほしい。

<1:導入>
私立トップ校として知られる灘中学は学校週五日制だ。開成中学など他のトップ校のデータは見つけられなかった。
灘中が土日に補修などをやっているかはわからないのだが、やっててもやってなくても平日の授業はきっと公立よりも時限数が多いと思う。

授業時間に対しての私の答えは簡単で、
・中学校は土曜日も終日授業の学校週6日制
・小学生は、ゆとり教育とかいうよりも両親や友人と遊んでほしいので完全5日制でいい。
・公立学校にクーラー導入し、夏休みを春休み並みに。
・小学校・中学校の授業時間を増やす、下校時間を遅らせる。低学年も高学年並の授業時間。
、なのだ。
教員OBに頼んで土日に何かやってもらう金があったら、素直に私の案を採用してほしい。笑

<2:そもそも意味あるの?>
勉強する時間が増えるから意味はあると思う。しかし、根本的な問題は公教育の復興だ。
「公立はダメだから私立に」という声の出元を改善しなければいけない。<1>とも共通するが、学力低下の問題だ。量と質(教育手法)が問題だと思うが、後者についての明確な答えは私は持っていない。
で、読売新聞一面紙面から引用すると、“公立塾”は、
文科省の担当者は「進学塾のような受験対策を行うのではなく、あくまで授業以外に勉強したい子どもに、教育の場を提供するのが目的」

なのだそうだ。(この前テレビでやってたが、公立小中学校の先生が自分の子供を私立に行かせたいって思ってる。)
じゃ意味ないじゃん、ってこと。
「私立受験しないと高学歴になれない」ってことが問題にされている。“公立塾”で学力は多少上がるかもしれないが、保護者のニーズに答えられていない。(東大合格者の公立出身者がまた増えたそうだが、公立トップ校にも塾に通わないと合格しない。(という説がにわかにある、私はそうは思わないけど。))
いずれにしても、「公立離れ」はこれでは、おさまらないということだ。
そして何も受験対策=悪ではなく、むしろ私は受験対策歓迎なのだ。私立に行こうが行くまいが、私立上位校に合格する学力は、ものすごく前向きに評価できるものだろう。

(私は公立育ちなのだが、中学一年生のとき灘中学校の入試問題が新聞に載っていたのでやろうとしたら、まったくわかんなかった。笑)

問題の出発点が「経済的理由で塾にいけない子を助けたい」ということなのだから、貧乏の家には塾に行くお金を国が出してあげればいいのだ。何も“公立塾”なんて構想する必要はない。
(しかしそもそも、大学生が教える塾や家庭教師なら、よっぽど公立の先生に放課後補習授業してもらうほうがよいだろう。生徒が頼めば断る先生はいないのであって、親が何を勘違いしてかお金を払って大学生に自分の子どもを任せるという現状も笑えるのである。)
貧乏の家に塾に行くお金を国が出してあげれば文科省が「公立崩壊宣言」するようなもので到底できないと思うし、すべきでないと思うが、今回の“公立塾”よりはどれほどマシだろう。

<3:結びに>
とはいえ、私は格差社会けっこうけっこうって感じで、私自身は全く裕福ではないのだけれど、「格差は結構だが、一代だけにしなくちゃ。というか親のせいで子供も迷惑被っちゃかなわないわな。」が重要で、それをなせるのが、教育、とりわけ公教育だと思う。
今回の“公立塾”は、まあめちゃめちゃ悪い案ではないと思うので優先順位がズレてるとは思うがちっとは評価できる、かな?? 私にとっては、貧乏の家に塾に行くお金を国が出してあげなくても、今回の案は「公立教育崩壊宣言」やってんのと同じことに思えて、つまり公立校と“公立塾”の位置づけが曖昧って思う。
私の案は、現役教師に負担が大きくなるので、質を確保するためにも教員OBをOBではないことにすればいいと思う、新卒の先生を大量に雇わなくても。
とにかく、同じお金をかけるなら、対症療法ではなく、根本的な治療をやってほしいものだ。
“公立塾”といい、小学校英語といい、幼稚園義務教育化といい、「なんか違う…」、優先順位が違うって思うのは私だけだろうか。

最後にちょっと関連リンク
私立学校における学校週5日制の実施状況について(データ古い…)
東京大学(東大)合格者数 高校別ランキング2005年 こんな系統のよき資料があれば紹介してください。
posted by 総理大人 at 19:24| Comment(4) | TrackBack(2) | 最近の諸問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月06日

政策はどこに行きましたか。

毎日新聞の社説タイトル並みにお上品なタイトルだなあ。

民主党。びっくりしたのが7日が代表選だということだ。もう明後日じゃないか。ほんと民主党自ら放っといてくれって国民に言っちゃ、そりゃもちろん誰も国民ついて行かない。
今日はもう5日いや6日。政策論争が見られないってことだ、これはとんでもないことだ。なんかほんとわけわかんない。
なんか知らん間に、民主党国会議員の投票で決まっちゃう。政策なんてどうでもいいんだっ。たしかに民主党にとって政策はどうでもいいけど、政策論争は国民世論に向けて行われるべきだ。

で、4月の下旬?に衆院の千葉の補選があるんだってね。
そもそも、この補選にしたって前回総選挙で比例復活したもともとの小選挙区議員でなくって、県会議員の若い姉ちゃんが出馬するそうな。
比例復活の保身議員は、話にならない。公認を投げ捨てたのだろうか。比例復活議員が仮に落選したって、他の議員が比例復活するだけなんだから、民主党にとっても支持者にとっても痛くもかゆくもない。特に民主党の重複立候補ってこんなもの自動的に前回総選挙候補が横滑りするって決まってるようなもんだろう。なんかほんとわけわかんない。小選挙区の市民を軽んじている。
県会議員の若い姉ちゃんにしたって、県会議員にさせてもらったばかりなのに、県政への県民への冒涜以外何者でもない。なんて半端なつもりで、県会議員になったんだろうか。なんかほんとわけわかんない。

9月の自民総裁選は絶対自民党うまくやるから、内向き民主代表戦と華麗な自民総裁選の対比は、絶対面白くなるというか民主党が滑稽に見えるだろう。民主党代表の任期は9月までだそうだが、そこで再代表選なんてことになっても自民党の総裁選に食われてしまうのは目に見えてる。
だからこそ今、立派に本格的な国民的代表戦をやりとげたいわけだ。ほんとは私の構想では、自民総裁選の後しばらく経ってから民主党代表戦やるつもりだったんだけど、こうなったら今やるべきだ。

民主党のすべての行動は挙党一致とかわけわかんない思考から派生してる。挙党一致=選挙に勝てる、ではない。しかも一致なんて絵に描いた餅であることは誰の目にも明らか。
こんなことは自民党議員は誰も意識してないだろう。自民党の思考は、選挙に勝つということから、始まってる。
民主党は政権交代ばかり言うが、政権交代のするには選挙に勝たんとダメってことがわかってへんのとちゃうんか。。

それにしても、末松議員とかあんまり知らないんだけど、よくぞ決意したって思う。
小沢さんの政権への執念が、どういう方向に出るか注目したい。でも自由党って全然目立ってなかったと思うし、小泉さんや安倍さんと党首討論やったら、どっちが映えるか明らかだ。

私だったら…
まず、党則でも何でも変えて党員・サポーター含めて代表戦やる。
で、補選まで代表戦を引っ張る。代表候補がこぞってメディアに出て、国民的代表選を行う。実の部分はどうでもいいけど、名目だけでも国民にアピールしなきゃまったくダメ。
補選の応援演説も、代表候補がこぞっていけば、メディアも取り上げるし、盛り上がる。補選はもともと勝てないんだから、補選なんてどうでもいい。民主党代表戦の話題と、その余韻によって、補選の話題なんてブッ飛べばいい。

posted by 総理大人 at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近の諸問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月03日

参議院の「宣言」

選出方法の話題は、後回しにして機能というかイメージを考えていこうと思う。

いくつか参議院の「宣言」を考えてみた。アイデア段階。

T:委員会専心宣言、本会議不要宣言
参院に求められるのは「良識の府」「再考の府」という点だ。これは即ち参議院=専門家院というイメージになるだろう。
専門家院というのは一粒さんも指摘されたとおり、官僚政治の打破という視点からも非常に必要なのだと痛感させられる。
(官僚が議員に法案趣旨説明するときなどに、官僚は「いいとこ」だけを説明し、何もわからない議員は官僚の説明をウンウン聞いていた。議員にウンウン言わせるために必要な部分だけを官僚が説明する。などという話も元官僚の議員さんがしていた。笑)
しかし、これは笑えない話だ。笑 そうなると、門外漢がよくも知らない法案に対して、賛否を表明するという行為自体が無駄である。また混乱を招き迷惑である。
現在、党議拘束によって、参院も衆院も党から本会議前に渡されるペーパーで賛否を投票するという。
政権を決める衆議院には、もちろん政党化してまとまってもらわなければいけない。また衆議院は特に「民意」という視点があるので、議員各位にも広範な知識を持って国政に当たってもらうという役割もあると思う。門外漢という視点は衆院には不要であり、衆議院議員には門外漢だからこそのアイデアを求められていると言っても過言ではないのだと思う。衆院には、党議拘束が必要だと個人的には思う。したがって本会議の存在も必要であると思う。

上述したような理由によって、参院の本会議議決自体が無駄な行為である。専門家による議論の中での、委員会議決のみで法案等の可否を決めるのが妥当だろう。
一つ懸念があるとすれば、委員会間の派閥争いが考えられる。これは委員会連絡会議を設置することによって、各議案の割り振りや、議案ごとの合同委員会設置を決めればいい。具体的には、委員の過半数の議決で、その委員会がある議案に首を突っ込めるというような制度を作ることが必要だ。
また、こと憲法においては常設の各委員会の代表からなる憲法委員会を置いた上で、その発議に当たっての議決では本会議(的なもの)を開くようにする。

U:逐条・具体審議宣言
現在国会では逐条審議は行われていないのだろうと思う。
参議院は、たとえば伊藤公介議員などの疑惑追及や永田メール問題などとは一線を画する議論をしてほしい。いや、政府や衆院を監視する役目も参院には期待したいので、疑惑追及委員会でも設置してもらって、まかり間違っても予算委員会が疑惑追及委員会になるようなことは避ける。
そういうようなことで(?)、参議院は逐条審議を中心に議論してほしい。これは「再考の府」という理念とも密接に関連することでもある。
また、抽象審議を排すことで衆議院と同じ議論が行われるということを防ぐことにもなるだろう。

V:円卓議論宣言
現在の質疑といえば、質問者と政府側が向き合って、立って発言するというような形だ。これは議論というよりかは、「発表」の雰囲気がある。
参議院には円卓に座って、文字通りの議論をしてほしいと思う。憲法調査会方式こそ、「ああこれ参院」だと思ったわけだ。
立って話すのと、座って話すのとが違うだけじゃないかと言うむきもあろうが、立って話すのと座って話すのとでは全然違う。これは実感だ。皆も感じることができるだろう。もう一つ、現在の質疑の方式では1対1だが、これを政府側VS委員会メンバー全員、あるいは委員VS委員という形にすることで、逐条審議にふさわしい良識の府にふさわしい議論が期待できると思う。参院の議論はぜひ机を囲んでやってほしい。「それっぽい」ことも重要なのだ。

残りのイメージ
・議員立法宣言…専門院の真骨頂
・通年開会宣言…会期に左右されない議論を。

とにもかくにも衆議院との「違い」がないと二院制の意味なんてない。「違い」を際出させることに力点を置いてアイデアを発掘していこうと思う。
で、個人的テーマの「参院と地方分権」については、アイデアが浮かんだり、消えたり、忘れてしまったり。。このテーマは今度。
posted by 総理大人 at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 参議院と二院制のあり方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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