2006年03月15日

憲法改正私案、改正要綱(1)

私は、憲法は不磨の大典ではあってはならないと思う。一方、現実を憲法に合わせるのか、憲法を現実にあわせるのか、そういう議論がある。私は前者の立場だ。
そして私は、憲法にできるだけ細かいことを書き込みたい。ちゃんと国民に見えるところで戦ってほしい。そして国民が判断したい。

「改正のハードルの高さ」「規定の詳細さ」「変化への柔軟な対応」二つまでは両立できるが、三つはできないという猫研究員の言葉が記憶に残っている。

規定は細かくする代わりに、国会の発議要件を各院の過半数に変更する。
しかし、選挙のたびに、政権交代のたびに、憲法改正が発議されてちゃたまらない。それは憲法の権威を低める行為でもある。私は、数回の国政選挙を通じて憲法に関する議論が修練されていくのぞましいと思う。またそうでないと国民投票で否決されてしまうというのは海外の例でそうらしい。
そこで、憲法施行から5年間は国民投票を実施できないように規定したい。
「変化への柔軟な対応」はクリアできていないという反論はあろうが、5年後も見据えられない憲法なんて憲法じゃないのだ、と思う。最悪3年だろうか。笑
もう一つ、5年というのを定めることにより、国民的な大議論も自然発生しないだろうか。憲法を変えるにしても変えないにしても、議論があることは大いに歓迎すべきである。
アメリカでは大統領選の間の年を中間選挙などと言って、また大統領選の年は一年中徐々に徐々に盛り上がっていくような印象を受ける。大統領選の年を中心に回っている感じ。そんな盛り上がりが目本でもあればいいのではないだろうか。

これは岩国の件から派生した完全な思いつきなので、またなんか矛盾が隠れていそう。。
posted by 総理大人 at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近の諸問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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