2006年03月19日

必読必勝

皆さーん読みましたか。待ちに待った報告書がいつの間にか、UPされてましたよ。

衆議院欧州各国国民投票制度調査議員団報告書
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/report2005.pdf/$File/report2005.pdf

私も途中までしか読んでませんし、いつ読み終わるかもわかりませんし、良質なものなのかも判断できませんが、おもしろいことはおもしろいので、賢明な(?)当ブログの読者なら、読んでみてくださーい♪♪

2006年03月15日

憲法改正国民投票の運動

米軍再編を巡って岩国市の住民投票が行われた。市条例は投票率が50%に達しない場合は不成立と規定していたため、投票率が焦点で、移転案に反対する市民団体などは投票を呼びかける一方、賛成派は投票の棄権を訴えるという投票運動が行われた。

当然と言えば当然の運動である。
これを憲法改正国民投票に当てはめるとこうなる。「改正反対派は棄権を!」
したがって、最低投票率などというものを定めてはいけない。
もう少し考えてみよう。

最低投票率が60%だった。反対派は投票の無効化を狙い棄権運動を繰り広げる、一方賛成派は投票を呼びかけた。
投票の結果、最低投票率は60%を超え、改正賛成多数で、憲法は改正される運びとなった。
投票当日、もちろん反対派の中にも投票に行って反対票を投じるという真面目な、あるい意味バカな方も少なからずいた。
ななんと、もしその人達が投票に行かなければ、最低投票率の60%を下回っていたのだ。おしまいおしまい。

こんなことになると、ゴアVSブッシュどころの騒ぎではない大暴動が起きるだろう。暴動は起きなくても、国民投票の正当性が大きく危ぶまれる。
さらに、投票が逐条またユニットごとになるとすれば、というかそうなる流れだが、もちろん最低投票率もユニットごとに計算されるのだろう。あるいは丸々棄権した人だけを投票棄権ということにしても、「環境権には賛成だけれども国軍には反対」という人がわざわざ投票に行くのか?という疑問も湧く。
こうなってくると、投票の正当性を確保するための最低投票率の設定が皮肉にも逆の作用を働かせるのだ。
さらに、ここにマスコミによる予想投票が公表されてみなさい、もう国民投票の正当性なんてどこにもなくなるのだ。

したがって、最低限の代案として
・十分な周知期間、国民運動期間を設ける。
・2、3回の国政選挙を経ながら議論を形成していく。
・非常事態宣言時には国民投票はできないようにする。
・国政選挙と同日または近日に国民投票は実施しない。選挙とは十分な間隔を置くよう努力する。
など、が大事なのだ。

また、憲法改正での「賛成」「反対」「どうでもいい(棄権)」という三者の割合をはっきり数字で出すことはとても重要なことだと思う。その後の政権運営のために参考にしてほしい。またとない絶好の世論調査でもあるわけだ。

・投票率が○%に達しない場合は不成立
・予想投票公表の解禁
などは愚作であると考えるので反対する。

くわしくは、このカテゴリをご覧ください。

2006年02月24日

憲法改正国民投票法私案の概要 T:投票権者の範囲(改)

今国会に提出される見込みとなっている憲法改正国民投票法についての私案をまた再掲する。
以前のものの改訂版だ。本日は投票権賢者の範囲しか取り上げないが、改定前のものにはマスコミ規制や国民運動にも触れているので参考までに見てもらいたい。改訂版では一部修正作業するつもりのところもあり、そのためにもまた意見をもっと頂戴したいと思う。


T:投票権者の範囲

(1)目本国籍を有する者

(2)投票権は成人に与える
どうして社会的責任が国民意識にも法的にも希薄な未成年者に投票権を与えられようか、ということである。
憲法改正に国民投票できる権利というのは、責任も伴わなければならない。これは国政または地方の選挙においても同じである。
未成年者には投票権がなくて当たり前だ。それが「未成年」ということなのであるから。

(3)投票年齢は満19歳以上
・出来るだけ多くの国民が投票に参加できるようなものにしようという意思。
・憲法改正国民投票には社会的責任を持つ国民が投票する。
本私案ではこの二本立ての前提で進める。

ア:満18歳以上を採用しない理由は何か。
高校就学が、ほぼ義務教育化(高校進学率は97%、うち全日制は95%)されているような現代においては、高校卒業者の年齢というのが投票要件であると規定するのが妥当である。
高校生という社会的に保護されてきた段階から、高校卒業の年齢というのは、目本人が自立の道へ歩いてゆく年齢であると位置づけることができるだろう。

a高校生に対する教師の影響
高校三年生までは、教職員のコントロールが可能だ。
授業で教師が憲法観を語るということはよくある。教師の言動が生徒に与える影響は大きいと考えるのが妥当である。
高校の教員が憲法について直接は触れなくとも、とりわけ歴史観、それにつながる外交安保については、教わる先生により、だいぶ考え方が変わる。そういう経験がある方も多いだろう。

b高校三年は大学受験期であり、就職活動期である。
特に国民投票が冬となった場合には受験生の頭は憲法どころではなくなるのではないか。
一概には言えないだろうが、一般論として実感として、大学受験勉強にも熱心であろう人ほど政治にも関心を持っているだろう。
高校生には遊びまわってばかりいる人もいるだろう。これも一概には言えないが、そういう者は総じて政治に無関心で、憲法について興味を持ち投票に行くかというと、そうではないのだろう。
政治に関して興味を持つであろう人ほど、憲法を考える機会がないということは想像できる。

c社会的責任
大学等にも教員はおり、社会人には上司もおり、また発言力も大きいだろうが、学生の側において大学では高校とは比べものにならないほど、また社会人も、自己の責任を問われる。個々の事例を挙げたら、反することもあろうが、総じて、実際高校三年生と話すのと、大学生あるいは社会人また予備校生などと話すのはまったく違う。後者にはやはり「大人」を感じることが圧倒的に多く、またここが一番重要な点だが、周りの目、社会の目も高校三年生と19歳とでは全然違う。高校生と高校卒業者では社会の目が違うということこそ19歳案の根幹である。

18歳というのは、高校卒業・第二次性徴終了・欧州各国との比較で出てきた数字だろう。そうであるならばより三点をカバーする19歳という数字の方が妥当であることがわかる。
本当に18歳以上にこだわる明確な理由はあるか、20歳以上にこだわる明確な理由はあるか。
だとすれば、高校卒業して社会人になる者も大勢おり、中等教育を終えた段階の19歳が区切るとしては適切である。合わせて成人年齢や選挙権の年齢も19歳に変えなければならない。
そうでなければ、20歳以上だ。あくまで投票権は成人に与える。

韓国が最近、選挙の投票年齢を19歳に下げた。その他の法制についても19歳を基本に改定するという。なぜ韓国は18歳に下げなかったのか。徴兵に関係あるのかなと思うのだが、これについて情報をお持ちの方、コメントください。
合わせて我が国において成人年齢がなぜ20歳なのか、論理的科学的な根拠等を知っているという方もコメントください。

イ:義務教育修了者に投票権を与えても良いのではないか。
このように疑問を持つ人は、第二次性徴というキーワードを調べてもらいたい。精神的・身体的な安定を考慮すると、義務教育修了者は不適であり、なにより成人年齢を15・16歳とすることは不可能であろう。

なお、私案では投票年齢は述べてきた理由により19歳以上とするが、心情的には20歳以上でよいとも思う。理由としては、今まで慣れ親しんだ年齢であること、一般的な高校卒業からの2年ほどを「落ち着く期間」として位置づけることができるなどを考えているが、論理的ではないとも思う。
あるいは、06年2月23日の憲法調査特別委員会では民主党枝野議員がこういう趣旨の話をしていたが、学年的発想つまり
「満19歳以上。ただし、満18歳であっても国民投票の行われる当該年度に満19歳となる者で、かつ四月二日以降が誕生日である者も含める。(ストレートで大学一年生になる学年以上)」
という目本の実情に即した選択肢も大いに考えられる。しかし、19歳ですっきりさせるのがベターだろうと思う。すなわち10月始まりの学校などもこれから教育の多様化で出てくるだろうし、中学を卒業して就職した者などを考えてない事が露骨すぎでもあるし、誰にも平等な誕生日を条件にするということでいいだろうと思うのだ。

なお、成人年齢(民法)、選挙での有権者年齢の他にも少年法改正、国民年金等の関連する法整備も同時に行うことは、切実に望まれる。

(4)軽微な選挙違反の公民権停止者には投票権を認めない
公民権停止者には、公民権を停止されるそれなりの理由がある。
憲法というのはそもそも国家権力を縛るものであるが、国民が国民の行動規範を規定するという側面もある。
確かに憲法には
「第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」
とあるが、国民が憲法を無視した行動をとることなどできず、また憲法下の法は国民によって選ばれた国会議員が制定する。
「憲法第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」
すべての法律や政令、条例は憲法の枠の中にあり、また憲法の条文の理念を具体化するためにある。その法を犯したものが、公民権停止者であり、それはすなわち憲法を犯した者たちであろうということが学説的にはともかく、一般論としては言えるのではないか。そういう者に憲法改正の国民投票に参加させることに国民は異論はないか。
公民権停止者は憲法改正国民投票に参加できない、というのが直接、犯罪率の減少に影響はないかもしれない。しかし公民権停止者が憲法改正に参加できないというのは、まさに法を犯してはならないということの象徴であるという考えをとりたい。
これについて国民の議論を待つしかないところはあると思うが、私案では公民権停止者には投票を認めない、という厳しい意見を通す。


2005年11月01日

憲法改正国民投票法私案の概要の概要

不満や批評等も頂戴ください。
ご指摘いただいた内容を元に、この概要を改良していきたい。

T:投票権者の範囲

(1)目本国籍を有する者
これは当たり前だ。補足は控える。

(2)投票年齢は満19歳以上
前提として、出来るだけ多くの国民が投票に参加できるようなものにしようという意思がある。

高校就学が、ほぼ義務教育化(高校進学率は97%、うち全日制は95%)されているような現代においては、高校卒業者の年齢というのが投票要件であると規定するのが妥当であろう。
高校を卒業すると、大学生になる人や専門学生・短大生になる人、あるいは就職する人がほとんどであろう。
高校生では社会的に保護されてきた段階から、高校卒業の年齢というのは、目本人が自立の道へ歩いてゆく年齢でもある。
そして、目本という国を、目本の将来を考えて言って欲しい、考えてゆかなければならない年齢でもあるだろう。

満18歳以上を採用しない理由は何か。
それは私には見過ごすことの出来ない問題があると考えたからだ。
その前提として前述した高校進学率が97%(全日制は95%)という高い数字を意識する必要がある。以下その数字を意識して読んでもらいたい。

a高校三年生に対する教師の影響
高校三年生までは、教職員のコントロールが可能だ。コントロールというと聞こえが悪いかもしれないが。
授業で先生が憲法観を語るということは現実にないとは言い切れない。むしろ教師の言動が生徒に与える影響は大きいと考えるのが妥当である。
その点19歳では多くの生徒が高校を卒業し、社会人や短大生・大学生・その他の学生となっている。
大学にも教員はおり、また発言力も大きいだろうが、学生の側において大学では高校とは比べものにならないほど、自己の責任を問われる。個々の事例を挙げたら、反することもあろうが、総じて、実際高校三年生と話すのと、大学一年生あるいは社会人また予備校生などと話すのはまったく違う。後者にはやっぱり「大人」を感じることが圧倒的に多く、また周りの目、社会の目も高校三年生と19歳とでは全然違う。
高校の教員が憲法について直接は触れなくとも、とりわけ歴史観、それにつながる外交安保については、教わる先生により、だいぶ考え方が変わる。
そういう経験がある方も多いのではないか。

b高校三年は大学受験期であり、就職活動期である。
特に国民投票が冬となった場合には受験生の頭は憲法どころではなくなるのではないか。
一概には言えないだろうが、勉強熱心で政治にも関心を持っているであろう人ほど、大学受験勉強にも熱心で一生懸命に勉強しているだろう。
高校生には遊びまわってばかりいる人もいるだろう。これも一概には言えないが、そういう者は総じて政治に無関心で、憲法について興味を持ち投票に行くかというと、そうではないのではないか。
政治に関して興味を持つであろう人ほど、憲法を考える機会がないということは想像できる。
あなたに問いたい、
あなたは受験期に勉強を一生懸命しましたか。
一生懸命に勉強しているときに、テレビや新聞を時間をかけて見たり読んだりしましたか。またその覚悟はありますか。
憲法と、自分の将来どちらが大切に思ったでしょうか。

以上二点が18歳案に賛成しかねる理由であるが、やはり高校生と高校卒業者では社会の目が違うということこそ19歳案の根幹である。
本当に18歳以上にこだわる明確な理由はあるか、20歳以上にこだわる明確な理由はあるか(成人であるということは置いておいて)。
だとすれば、高校卒業して社会人になる者も大勢おり、中等教育を終えた段階というのが区切るとしては19歳、これが適切ではないか。こう考える。

(3)軽微な選挙違反の公民権停止者には投票権を認める
これは、出来るだけ多くの国民に投票に参加させるという前提に基づくものである。

残る問題点としては以下、二点だろうか。

a公職選挙法上の選挙名簿と国民投票の名簿が違うものになり、実務的に混乱を及ぼす。
この憲法国民投票の議論では、実務面や財政面は少しばかりタブー視されていると思うことがあるが、憲法という最高法規をいわば特別扱いすることは国民感情としても理解され。財政面もあまりそれ程考慮せずに行ってよい、という国民からのGOサインもあるだろうと思っている。今後の国民議論を見守る必要があろう。

bこの私案では公職選挙法上の軽微な選挙違反の場合に投票解禁とするが、公民権停止者には、公民権を停止されるそれなりの理由がある。
憲法というのはそもそも国家権力を縛るものであるが、それはさておき、
「憲法第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」
すべての法律や政令、条例は憲法の枠の中にあり、また憲法の条文の理念を具体化するためにある。その法を犯したものが、公民権停止者であり、それはすなわち憲法を犯した者たちであろう。そういう者に憲法改正の国民投票に参加させることに国民は本当に異論はないか。
公民権停止者は憲法改正国民投票に参加できない、というのが直接犯罪率の減少に影響はないかもしれない。しかし公民権停止者が憲法改正に参加できないというのは、まさに法を犯してはならないということの象徴であるという考えもあるのではないか。
これについても国民の議論を待つしかないところはあると思う。


U:投票方式と憲法96条における過半数の定義

(1)投票方式は憲法改正に可するものは○、否とする者は×と記入し、白紙票は無効票とする
(2)憲法第96条における「過半数の賛成」とは「有効投票数の過半数の賛成」

憲法とは国の根幹をなすものである。国会で憲法改正案が発議されれば、有権者各々は、その改正案について是か非かを明確に決断すべきである。
有権者の意思を明確に示すべき憲法改正国民投票において、その改正案に対し白紙投票というのは、国民の無責任と言える。
したがって、改正案に賛成は○、反対は×と明確な投票方式を採用する。

一部では、賛成の場合は○、反対は無記入、無効票は反対へ加算、という案もある。私は反対である。また、最高裁判所判事の国民審査のような形骸化を想起させる。
一つ一つ○または×をつける、賛成か反対かを記入する行為という物を大事にしたい。
国民各々には「明確に」判断して欲しいと願い、投票方法もそれを具現化する形で行われるのが望ましい。

また、無効票は、国民の無責任と言えるものであり(投票方法くらい学べないのか)、無効票を過半数の分母にいれるというのはその意味で不適切である。また分母が総有権者つまり、投票しない有権者をも分母に含めるというのも同じ理由で否である。
選挙の場合は、投票するに値する人がいないから、白紙投票または棄権という選択肢もあるかもしれない。憲法では、そんなものは通用しない。

とにかく投票方式と過半数の定義は、国民の主体性と責任感の向上を促すようなものでなければならない。


V:投票単位と国会の採決
逐条個別投票を基本とし、関連性が不可分の条項についてはユニット方式を用いる。一括投票はとらない。しかし、第一回投票については正当性の観点から、一括方式が望ましい(かもしれない)。
いずれにしても、国会で発議される改正案の性格によって、国会が発議の際に投票単位を決定するしかないのではないか。
また、国会での採決も、投票単位によって行う。

以下、投票単位に関連する主な論点を記述する。

(1)憲法の正当性の確保
現行憲法においては、国民が直接その正否を判断した機会がなく、本当に国民の信任を得たのかは疑問である。

解決策はないものだろうか。私には思いつかない。
・あなたは現憲法を信任していましたか。
という設問(文言はなんでもいいのだが)を、憲法改正国民投票の際に同時に行う。(もし、信任していなかったというのもが、過半数になったら…)
・第一回国民投票は憲法全文一括で国民に是非を問う。
(その場合も、国民に否決されれば承認されていないということになる。)

(2)(1)に関連もある一括投票
改正案が全面改正である場合には、個別条文ごとに是非を問うと、憲法内条文の統一性が担保されず、ちぐはぐな憲法となってしまうことも考えられる。(これは書き方次第で統一性を確保できるのではないかと安易に考えている。)

ABC3つの条項を変更する改正案が発議されたとすると、ABには反対だが、Cには賛成という者の意思を反映することができない。(9条改正には反対だが、環境権を入れることには賛成など)
諸外国の例では、一括投票の場合の投票行動として、ABには賛成だがCに反対だという意見を持つ者は、改正自体に反対票を投じることが多くなるということがある。

(3)逐条投票と関連性が不可分なユニットによる投票
ABには反対だが、Cには賛成という者の意思を正確に反映することができる。
課題としては正当性の確保がある。

まったくの私見だが、自民党新憲法草案や民主党憲法調査会の様子を見ていると、最初の改正時には、おそらく国会で発議される改正案は、9条も含めた大規模改正案が発議されることだろう。
大規模改正を前提とした場合、混雑状態の投票所で逐条○×つけることはほぼ不可能に近いものであろうし、投票率の低下を招きかねないとも考えられなくはない。
投票用紙については、予め住居に郵送されるようにし、投票所では原則投票用紙を投入するだけにするのがよいのではないか。その場合本人確認の方法が問われる。
投票用紙を忘れた人、ホームレスのためにも、投票所にも投票用紙を置く、というのがよいのではないか。


W:憲法改正案の政府発行広報
公費を使って行う広報については、賛成派、反対派双方の意見を用いたものとする。
賛成反対の意見決定は国民によって選ばれた、国会議員が行う。

政府が発行する広報において一定の字数(例4000字)を賛成反対平等に執筆させる。
国民に発表する賛成意見は、改正賛成派国会議員の投票によって過半数の支持を得たものを、広報に使用する。
反対意見も同様に、改正反対派国会議員の投票によって過半数の支持を得たものを、広報に使用する。

世帯単位ではなく、有権者一人一人に広報及び投票用紙が届くようにする。


X:国民投票運動及びメディア規制

(1)国民運動の基本姿勢
公職選挙法上では、ほとんどの逮捕事例が選挙後である。これは投票の公平性を担保するための当局の配慮である。
選挙の場合は事後逮捕でも、場合によっては議員辞職等の罰則措置が設けられていて、投票後の逮捕でも法規違反の事前抑止効果はある。
しかし、憲法改正国民投票においては事後の逮捕では実効性が伴わない。誰か一人の運動違反によって憲法改正案が白紙になるなどありえないからである。
このような実務上の観点を考えても、運動に規制をかけるというのは難しい。
もとより、国民への言論統制は避けなければない。

規制の対象は、投票箱をぶっこわしたり、投票所の玄関で延々座っていたりなどを取り締まる最低限の規制とする。

(2)外国人の投票運動は認める
現実には規制が難しい。アメリカの政府高官が憲法に賛成だと言うことを規制すべきだろうか、できるだろうか。中国が改正に反対する声を国内のメディアが報じないというのもおかしい。
ますますグローバル化が進む中、「世界の中の目本」を意識する必要がある。外国の反応というのは、進んで耳を傾けるべきものである。
また、目本には多くの在目コリアンがいるのであり、憲法改正国民投票に参加できない彼らの投票運動の参加を規制するのは、適切ではない。

(3)教育者の投票運動は禁止しない
・学校の児童、生徒に対して、教育者がその地位を利用し児童、又は生徒に働きかけるのはその影響力からいって不適切であるが、私案では児童及び生徒は基本的に(全日制の高校進学率が95%)国民投票に参加しない。したがって特に規制する必要はない。
・学生に対して、教育者がその地位を利用して、運動することは禁止しない。
その理由としては、Tの(2)のbの記述を挙げる。

(4)虚偽報道および虚偽の論評があった場合も規制の対象にはしない。
これは「明らかに誰が見ても客観的に虚偽」であるものと、そうではないものがあるだろうと思われる。

・「根拠となるデータの数字がウソなど明らかに誰が見ても客観的に虚偽」
そんなものは議論の中で淘汰されてゆくため、特に規定を設ける必要はない。規定を設けるメリットよりも、規定を設けたデメリットの方が大きいだろう。

・「9条改正は外国での武力行使参加への道を開く等、客観的に虚偽かどうか検証できないような事例」
そのような場合はすなわち虚偽ではないとの認定になろうが、いずれにしても規制は設けず、反論の機会というものを与えていかなくてはならない。双方の意見を聞いて国民が真実を判断するという仕組みがよいものと思われる。インターネットも普及した中、反論を掲載する場所というものは確保されていると考える事ができる。

(5)予想投票の公表は禁止する
予想投票が公表された際、改正賛成派は80%、反対派は20%となった場合のことを想像しよう。
どう考えても、投票率が下がる。投票の正当性も危ぶまれる。そして国民が憲法について思考することをやめてしまう事態も起きるだろう。
予想投票の禁止が議論の妨げになるというのも私には理解できない。むしろ投票行動が、わからないという方が議論が盛り上がり、そして投票に行こうという気にもなるだろう。
予想投票の公表には明確に反対する。

(6)新聞・雑誌等の紙媒体及びネット上に論評を掲載することは禁止しない
現に新聞は、憲法改正賛成か反対かの論評を掲載している。読売新聞は改正試案まで発表している。
これを投票運動期間中、論評の掲載を禁止するというのは不自然この上ない。
スイスの国民投票法では、新聞媒体はむしろ立場を明確にするように求められている。

(7)有償で新聞・雑誌への意見広告は賛成反対両陣営に対して同額の上限額を設ける
これは資金潤沢な陣営だけが、広告を出せるような状態は避けなければならないと思われる。
たとえば、原子力発電所の設置の有無を問う住民投票の場合には、資金が潤沢な電力会社は意見広告できるが、反対派の住民は資金難のため意見広告できないといったこともあった。
これを回避するために、意見広告には賛成派反対派同額の上限額を設け、意見広告を掲載したい団体・個人は第三者の資金管理団体(中央選挙委員会などに設置)に登録し、資金管理団体が上限額を超えないように、どこが何を意見するかなどを調整をする。こういう仕組みが必要ではないだろうか。
資金管理団体に登録しない、個人または団体の優勝での意見広告の掲載は禁止する。

課題としては、上限額の設定と罰則規定だろうか。あと、投票単位の問題も絡んでくる。

(8)公務員の投票運動は規制しない
公務員は数も多く、また日本国民の一人である。公務員の地位利用が「具体的に」明確に規定される場合は規制もありうるかもしれない。

(9)放送媒体(テレビ・ラジオ)は、改正の是非に意見する放送をできない。
賛成派・反対派双方が同席する討論はこの限りではない。

テレビの影響力は絶大だ。先の総選挙の自民党圧勝は間違いなくテレビの影響だろう。それはテレビ局の体たらくであり、民主党の体たらくでもあったわけだが。
このラジオも含めた放送は特に注意が必要である。これはスイスの国民投票でも、同様の措置をとっているということだ。
間接的に討論番組が増えることも期待したい。なお、罰則規定は設けない。

(10)新聞雑誌への意見広告・意見CMの発信元は開示する。
誰が、どの団体が、改正に反対か賛成かというのは、国民が知る必要がある。
例えば、住民が原子力発電所に賛成の意見広告を出すのと、電力会社が賛成の意見を出すのとでは性質が違う。
発信元(資金を出す者)の発表に虚偽があった場合は、以後の意見広告・意見CMを禁止する。

(11)国民投票の3日前から改正案に対する、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌の一切の論評を禁止する。
例えば投票の前日に、賛否に関わる重大な虚偽報道がなされたとしよう。反論する機会のないまま投票日を迎える。これは好ましくない。
国民は投票日三日前から、精神統一(?)して投票に望むべきである。


Y:国会発議から投票までの期間
「60日以上以後180日以内」
この期間内において、国会が発議の際に決定する。

おそらく第一回は大幅改正であろうから、半年は周知そして議論する期間としたい。
あまりにも長すぎると、憲法議論の熱が冷めてしまい投票率の低下も考えられるので、半年が限界ではないだろうか。
第二回以降の小幅改正(おそらく)の時に、半年というのも長すぎる気がするので、下限は2ヶ月とした。

Z:無効訴訟及び再投票
これについては難しすぎて私個人判断つかない。また国民の関心も高くない話題だと思うので現時点では割愛したい。
今後勉強を重ね、意見がまとまれば掲載したい。

以上。

なお、成人年齢(民法)、選挙での有権者年齢、少年法改正、国民年金等の関連する法整備も同時に行うことは、切実に望まれる。

憲法改正国民投票法及び憲法改正論議をすること、また国会が憲法改正案を発議すること、並びに国民が憲法改正国民投票をすることは、憲法を改正することと一致しない。
重要なことは国民投票で、国民の、国民による、国民のための憲法を選ぶことである。
国民投票というのは、国民主体であることを忘れてはならない。
共産党の主張や社民党の主張は、その意味において誤りであり、国民軽視の姿勢であると私は考える。

どこに採用されるわけでもない、この概要を書いたのは、自己満足であり、皆様に考えて欲しいという思いからである。思いっきり抽象論の部分もあろうが、それについてはこれから追記していこうと思う。
欠けている論点などあれば、コメントやTBを頂戴したい。この概要はド素人の書き物である。稚拙であるところのある程度はご容赦を。

長い文章読むのお疲れ様でした。

参考:
衆議院憲法調査特別委員会/衆議院インターネット審議中継
参議院憲法調査会/参議院インターネット審議中継
憲法改正国民投票法案に関する意見書/日本弁護士連合会 
憲法改正国民投票法案についての意見/第二東京弁護士会
真っ当な国民投票のルールを作る会









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